Robert Plant

"BURRN!" Sep. 1993

英国が生んだスーパー・ヴォーカリストが自ら語る新作「FATE OF NATIONS」に込められた真実とは?

by KAZ HIROSE

LED ZEPPELINが正式解散した'80年12月4日から何ヶ月もたたない'81年の春、ロバート・プラントのソロ活動はスタートした。 しばらく沈黙を守っていたジミー・ペイジに比べると、その復帰の早さは驚くべきものがある。 もっとも、最初は単に楽しみとして地元ミッドランドでR&Bをプレイしていただけなのだが、このHONEY DRIPPERSというプロジェクト(後年EPをリリースしたプロジェクトとは別もの)でスタートしたロビー・ブラントとのコンビネーションが、そのまま'82年発表の1stソロ「PICTURES AT ELEVEN」に結びついたのだから、無為に時を過ごした挙げ句にサントラ「DEATH WISH II」でがっかりさせたジミー・ペイジとは大きな違いがある。
結局、ロバート・プラントという稀有のシンガーは、その傲慢なまでの自信故に、全く躊躇せずソロ活動に入れたわけだし、紆余曲折はあるにせよ、概ね順調にソロ・キャリアを築き続けてくることが出来たと言えるだろう。 WHITESNAKEが大成功を収めた際の、例のプラントの“デイヴィッド・カヴァデール批判”は記憶に新しいが、ああいった自信満々な態度こそがプラントの真骨頂なのである。 何度も浮かんだLED ZEPPELIN再結成話も、ジミー・ペイジからの申し出を彼が“ソロ・キャリアの邪魔になるから”という理由で突っ撥ねる形でいつも消えてしまっているらしいが、そのプラントの凄じいまでの自信によって、LED ZEPPELINという偉大なバンドが、過去に拘泥して醜態を晒している他のバンドのようにならずに済んでいるのは実にありがたいことだ。 (フェスティヴァル等でたまに顔を合わせて数曲プレイする程度なら“お遊び”として許せるし、もはや“お遊び”以上のものが出来ないことは明らかなのだから…)
'83年、'85年とソロ・アルバムを出し続けた頃のプラントは、モダンでボッブな音作りにのめり込んでいたようで、それが原因でロビー・ブラントとのコンビも解消してしまうわけだが、'87年に新たなバック・バンドを得て'88年の「NOW AND ZEN」で再登場したプラントは、ハード・ロック的な部分を取り戻すと同時に、アルバムの2曲でジミー・ペイジにプレイして貰ったり、逆にペイジのソロで歌ったり、かつては歌おうとしなかったLED ZEPPELINナンバーを自らのツアーでも歌うようになったりと、過去に対する頑なな態度を変えたのが印象的だった。 いわば、この時に彼のソロ・キャリアの“第二期”は始まったのかもしれない。 だが、'90年の「MANIC NIRVANA」でそれまでのソロ・キャリアの総決算を終えた彼は、どうやら今回の新作「FATE OF NATIONS」によってまた新たな地平へと足を踏み出した。 どうやらそれは、アコースティック・バラードに代表される彼自身のルーツヘの回帰でもあるようだ。 今、このスーバー・スターは、一体何を求めているのだろう…?

──ニュー・アルバム「FATE OF NATIONS」は、歌詞の内容がこれまでにも増して思索的ですね。
ロバート・プラント(以下R):君の言うとおりだよ。 何故ならここには明確なメッセージが含まれているからだ。僕からのメッセージ…それは“think”だよ。 人々に「今こそ、一生懸命考えてみよう」と言いたかったんだ。人間は有害だ。 しかし、それを解決出来るのもまた、人間なんだ。 だから焦らず時間をかけ、欲を捨て、僕達に何が出来るのか考えなければならない。 今こそ意識を高めるべき時なのさ。 君がポップ・ジャーナリストというレッテルを貼られているのと同じように、僕はポップ・アーティストだ。 そして、それには限界がある。 何故なら、僕は6分間という枠の中で、言いたいことを総て言わなければならないからさ。 それは決して楽なことじゃないんだよ。
しかし、自分がソングライターとして確実に成長していることを、今は強く実感している。 そしてこの「FATE OF NATIONS」はライターとしての自分の最高傑作だと自負したい。本当に、心の底から満足しているんだ。 特に“Come Into My Life” や“Great Spirit” 等には、相当のバワーと空気と文化が詰まっていると思う。

──アルバムを作るにあたって、どんなことを考えていたのですか?
R:もし野望があったとすれば、それは真実を感じ、真実を語ることだろうな。 ポップ/ロックというジャンルの中でソングライターとして存在していくことは、時には空しいことなんだよ。 まるで空き缶を叩くようなものさ。 アーティストによっては1年か1年半経つと、また次の“捧げもの”を世の中に出すよね。 でも実は捧げものというのはあまりに良すぎる言葉なんだ。 なぜなら、ある程度の金がたまったら、本当はそんなことをする必要性なんて全くないだろう? そんな気持で作られた“捧げもの”なんて単調でしかありえない。心から作ってないからさ。 そんなことをやるくらいならさっさと辞めてしまえと言いたいよ。
最近はレニー・クラヴィッツやBLACK CROWESが大変にウケているようだ。 彼らなりの“レトロ”なやり方で人々を感動させている。 でも、それにはそれなりの理由があると思うんだ。 殆どのリスナーは、その昔同じぐらい感動的だったジャニス・ジョプリンなんて知らない世代なんだけど、結局感動させるものはどの時代でも同じなんだよ。 実際、レニー・クラヴィッツのコンサートに行くと、本当に素敵な気持になって家に帰れる。 そりゃ確かに、レニーなんか時代錯誤だと言われればそれまでだけど、実際気持がいいんだから仕方がないだろう?
僕の音楽はレニーなんかと同じ場所にあると思うし、出どころも同じだ。つまりハートだよ。 もちろん曲によっては“アソコ”から来るものもあるけど!(笑)例えば“Calling To You”や“Memory Song(Hello, Hello)”なんかがそうだろう? でもね、この2曲も含めて「FATE OF NATIONS」は男の中の男が作った、偽りのないアルバムだと言えるはずだ。 とにかく僕はリアルになりたかった。 そして人の心を打つ前に、まず自分の心を打ちたかった。 でも実はその結果、1つだけ困ったことが起きたんだよ。 あまりに曲に感情移入し過ぎて、自分だけのものにしたくなってしまったんだ!「この曲はまさにオレの気持そのままだ。 なぜ他人に聴かせなければいけないんだ。 自分だけの宝物にしたい」って真面目に思ったこともあった。これは本当だよ。

──それがジレンマになったとか?
R:いや、そんなことはないけど、ほんの一瞬だけ、「クダらないプロフェッショナル・キャリアとかいうもののために、これほどまでに特別な歌を公開する必要はあるのだろうか」という考えが頭をかすめたのさ。 あまりに美しく、あまりに素晴らしいアートを手にした時、自分だけで静かに楽しみたいと誰でも思うんじゃないだろうか。

──これまでアルバムを作っている時に同じような気持になったことは?
R:なかったよ。 今の自分はアーティストとして、そして1人の男として、これまでにないほど充実しているんだ。 そして音楽的な面では、今のバック・バンドに担う部分も大きいと思うよ。 とにかく今回のバンドは本当に素晴らしくて、全員が同じ方向を向き、時には全員一丸となって大冒険をする。 彼らが僕に新鮮な気持を与えてくれたと言っても決して言いすぎじゃないと思うよ。 この年になって“新鮮”なんて言葉を使って、大笑いされるかもしれないけどね!(笑)
でもここではっきり言っておこう。 もし自分がやってることを少しでも楽しめなくなったら、僕はどこかの山奥で馬に餌をやってるか、モロッコで地味にドラムでも叩いてるよ! 僕の周りでは、殆どの人が金のために仕事をしている。 やっぱり、いずれはマイ・ホームを持つのがみんなの夢だからね。 その点、僕は今でも家を買おうと思えば1つや2つ簡単に買えてしまうけど、今の僕にはそんなこと二の次なんだ。 そうじやなくて、最も正しい理由のために生きていきたいし、実際この瞬間、僕はまさに正しい理由のために生きていると断言出来る。 一番作りたいものを作り、一番話したいことを話し、総ての人にこのハートを感じて貰いたい。それだけさ。
最近では何人ものインタビューアがテープレコーダーを片手に列を成し、僕にデイヴィッド・カヴァデールについてコメントさせようと狙ってる。 はっきり言ってムカつくね。 大人げないと思われるかもしれないけど、正直なところ、今僕が生きていくうえで、彼は全く無意昧なんだよ。 だから彼について全然何も考えてないし、考えたくもないし、話したくもない。 もしがすると君もその質問を用意してたのかい? 無駄にしてしまって悪かったね!(笑)

──では、その素晴らしいバック・バンドを紹介していただけますか?
R:まず、ギタリストのケヴィン・スコット・マクマイケルはCUTTING CREWというバンドにいたプレイヤーだ。 何枚かナンバー・ワン・ヒットを飛ばしたのを覚えてるかい? キーボードのフィル・ジョンストンもCUTTING CREWのレコーディングに携わっていた関係で、2人はその時からの知り合いなんだ。 実際に会ってみたらケヴィンも僕と同じぐらい'60年代のウエスト・コースト・ポップスのフリークでね。 ビックリ気が合ったよ。 フランシス・ダネリー〈g〉はIT BITES時代に僕をサポートしてくれたんだけど、その時以来グレイトなギタリストだと思っていたんで、バンドヘ参加してくれるように頼んだ。 他のメンバーは、ベーシストが前のアルバム「MANIC NIRVANA」の時から一緒にやっているチャーリー・ジョーンズ、そしてドラマーは以前LITTLE ANGELSやTHE CULTにいたマイケル・リー。 最高の組み合わせだろ?

──今回はアートワークにもかなり気を遣ってるようですが、何かトータル・コンセプトというようなものを考えていたのですか?
R:いや、僕としてはコンセプトと呼ばず、“コメン卜”と呼びたいね。 “29 Palms” のシングルCDのカヴァーは、酸性雨がスウェーデンにもたらした被害状況を写し出してるんだ。 他にもアルバムのブックレットには言葉によるコメントと共に、僕達の意識を高めるための写真が掲載されている。 別に有名な写真じゃないけど、僕の顔を載せるより数倍効果が大きいと思ったんで、こういうデザインにしてみたのさ。

──アルバム全体の印象として、シンプルでナチュラルなロック・サウンドが展開しているように思うのですが、“ルーツ回帰”と呼んでもいいのでしょうか?
R:楽器的には確かにそうだね。

──少し前にあなたが試みていたモダンでポッブな音作りは失敗だったと思っているのですか?
R:違うよ、あれは1つの冒険だったんだ。 人間誰しも冒険は必要だろう?

──ということは、今回は自然な変化と見ていいのですね?
R:と言うよりも、このアルバムは僕にとって新しい章の始まりだと思ってる。 第2章第1幕とでも言うのかな?

──第1章の内容は何だったのでしょうか?
R:あれは、ソングライターとしての怒りを多く含んだ1章だった。怒りの対象はおそらく自分自身だろう。 自分がライターとして吸収する様子を、いまひとつ気に人ってなかったんだと思う。 でも今は自分に対しても完全に満足している。だから怒りもおさまった。 いよいよ第2章の始まりというわけだ。
もう1つ覚えていてほしいことがあるんだ。 僕にとって金は二の次なんだよ。 僕は一度は頂点に立ったことのある男さ。そして、今は決して頂点とは言えない。 でも、立場としては、僕なりの領域の中で、威厳のある立場と言っても構わないだろう。 僕に対してどんな意見を持ってもいいし、どんな記事を書いてもいい。 でも1つだけ知っておいてほしいのは、今僕は本当に音楽を愛しているということ。 そしてそれが唯一、この僕を動かす理由であるんだよ。
時々ジャーナリストも大変だなと思うことがあるよ。 だって、この僕の記事を書いたすぐ後で、もしかするとオジー・オズボーンの新作のレビューを書かなければならないかもしれないだろう? それってとっても大変だよね!(笑)別にオジーが悪いと言ってるんじゃない。 ただ、彼はどちらかというとサミー・デイヴィス・ジュニアのようなもので、僕とは全く別次元で音楽を表現してるだろう?
僕にとって成功とは数字的なものよりも、この人生において自らが大成出来るかどうかなんだ。 いかに人生を謳歌出来るか、と言ってもいい。 僕にとって、世界は1つしかないんだ。 ステージに上がる時も街を歩く時も、同じ顔をして同じ服を着ていたい。 アリス・クーパーのように、ゴルフをしている時と、ステージに上がってロック・ゴッドを演じている時と、2つの違った顔を持つことは、この僕には出来ないんだ。

──“29 Palms”のシングルCDに収められていた“Whole Lotta Love”のアコースティック・ヴァージョンのアイディアは一体どこから…?
R:これはある日の午後、知り合いのギタリストと2人でアッという間に録音したんだ。 別に前からアイディアを温めてたわけじゃない。 こういうものに経緯はないと思うね。 ノリでやるものじゃない?

──最近のアコースティック・ブームについてどう思いますか?
R:嬉しいよ。 別に誰が何をしようと僕には関係ないけど、どんな時代でもアコースティックはグレイトな音楽形態じゃないかな。 それがPJ HARVEYであろうとL7であろうと、誰がやってもいい。 ただ、ダラダラとしたアコースティックはゴメンだね。 生き生きとしたアコースティックは大歓迎だ。

──ところで、現在行なわれているツアーはどんな具合ですか?
R:絶好調だよ。 今はこうしてフランスのリームにいるわけだけど、実はついさっきイタリアのフィレンツェから到着したばかりなんだ。 だからちょっと疲れているけど、フィレンツェでのコンサートがあまりに素晴らしかったんで、まだその余韻が残っている。 フィレンツェで出演したのはブルーズ・フェスティヴァルだったんだ。 14世紀の中世の広場の真ん中にステージを組んで、幻想的な雰囲気の中でプレイしたんだよ。 本当に素敵だった。 この前はモントルーでのフェスティヴァルにも出演したし、その前には、君達もよく御存知のように『グラストンベリー・フェスティヴァル』もあった。

──『グラストンベリー・フェスティヴァル』はイギリス人にとって特別なニュアンスを持つフェスティヴァルだと聞いていますが?
R:確かにそうだね。 あの雰囲気は唯一無二かもしれないな。 とっても純粋な空気が流れている…とでも言うのかな。 僕なんかはその昔、まだフェスティヴァルというものが特別な“エモーション”を持っていた時代に生きてきた男だろう? だからよけい敏感に感じるのかもしれないね。 当時はいわゆるユース・カルチャー(若者文化)が大規模なフェスティヴァルから生まれ、そこに集まってきた何万もの若者達は全員が、そのイヴェントから何か1つでもいいから美しい思い出を作り、それを歴史に残そうと意を決してやって来ていたんだ。 つまり、若者に生きがいを与える場でもあったんだよね。
やがてパンク・ムーヴメントが生まれ、そういう若者の思想は逆に笑いの種になったこともあるけど、その間も長年に亘って炎を絶やさなかったグラストンベリーは素晴らしいと思うよ。 今でも規模は保っているし、立派な交流の場となっているのだからね。
はっきり言ってしまえば、あの場所で僕が何を演じようが、レニー・クラヴィッツやBLACK CROWESが何をプレイしようが、別に全然関係ないんだよ。 みんなはあの雰囲気を共有したくて集まって来るわけで、僕達アーティストはオカズのようなものだから。 週末をよりおいしくするために呼ばれたわけさ。 でもそういうのって、僕の性には凄く合ってると思う。 ああいう純粋な空気を浴びるのは大好きだ。 それってある意味では、いわゆる最近の“ロックン・ロール倫理”の正反対だと思わないかい? ロックン・ロール・ビジネスの反対側とでも言うのかな? でも僕は自分に嘘をついてまで、ヒット目当てで歌を唄うことなんて出来ないよ。 ああいうフェスティヴァルを見てると、そういう考えの浅はかさを感じるね。
僕はこのハートとソウルと肉体を運んでくれる歌しか唄いたくないんだよ。 人によっては、「そんな気持を捨てた方が成功するぜ」と言うだろうし、もしかするとそれは事実かもしれない。 でもその反対に、こういう気持を捨てなかったからこそ今の自分があるのだとも思う。その答えは誰も知らないのさ。
そうそう、グラストンベリーでキャンプを張り、楽しんでいる人々を見て、中世の兵士達を思い出したよ。 12世紀にウェールズ人たちがイギリスと戦っていた頃。 戦いの前夜、ウェールズ兵たちは1ヵ所に集まり、テントを張り、旗をなびかせ、自分たちの勝利を信じて歓喜の歌声を上げたんだ。 僕は今でもウェールズの山奥を旅することが多いんだけど、そこには今でも多くの物語が根づいていて、グラストンベリーに集まった人々を見ていたら、不思議とそういう情景が頭に浮かんでね。素晴らしいまでの連帯感とでも言うのかな。 フェステイヴァルに集まった連中の3割はバンドを1つも観ないらしいよ。 だって彼らの目的は人間同士のつながりを感じるところにあるんだから。 それは'60年代のフェステイヴァルも同じだったと思う。 別に、ステージの上でジム・モリソンが体をクネらせていようと何だろうと、人々はそれ以上に大切な何かを求めていたんだ。

──野外コンサートというとネブワースのことを思い出してしまうのですが……。
R:非常に陳腐な言い方に聞こえるかもしれないけど、グラストンベリーの方がネブワースより数倍良かったよ。 '79年のLED ZEPPELINは、伝説の上に成り立っていただけだったからね。 バンドの状態もガタガタだったし……。 まあ、悪い思い出じゃないけど、そこまで言えば充分だろう?

──日本にいらっしゃる予定は?
R:実は今、秋頃にフランシスとケヴィンを連れてプロモーションの旅に出ようかという話も出てるんだけど、個人的には、例えば来年早々にでも、ちゃんとしたツアーで行った方がいいかななんて思ってる。 まあどちらにしろ、日本に対する思い出はなかなか素敵なものが多いから、より良い思い出作りになるべく早く行きたいと思ってるよ。

──今のあなたにとって音楽とは?
R:心の鏡だね。 その昔、僕達は何かにつけてROLLING STONESと争っていた。 永遠のライヴァルって感じでね。 でもね、僕にとってそういうゲームは総て終結したんだ。今の僕にとってのゲームは心のゲームなんだ。 そして、傍に集まってくる人々はみんな同じ気持でいてくれる。 だからこのチームはなかなか崩れないんだよ。 殆どのクルーもマネージャーも、みんな前からずっと同じ人ばかりだ。 この間空港のロビーでエルトン・ジョンとバッタリ遭遇したんだけど、彼にいきなり「ロバート、僕のツアー・マネージャーを盗みやがって!」と言われちゃったよ!(笑)でも実は、マネージャー氏は最初から「ロバートのツアーが再開したら僕は彼の許に戻るからね」と言っていたそうだ。 嬉しいことだよね。 でもそれはひとえにチームに嘘のないおかげだと思う。 僕は非常に情熱的な人間だし、一度愛してしまったらとことん愛してしまう。 人間に対しても音楽に対してもね。 これまで僕は何百もの歌を唄ってきたけど、どの歌にも共通するものは“ハート”だと思いたいね。 ■■